会社員の東海道53次・完全踏破⑥【箱根八里・前編】

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6日目 箱根の山は天下の険

2021年3月7日(日)、とうとうこの日を迎えた。これまで東海道を歩く日が近づいてくることは純粋に楽しみなことだった。

しかし、3月に入ってから一週間、心境は少し違った。なぜならば初めての峠越えが近づいてきているからだった。小田原から箱根までの16.5キロ、調べると石畳の旧道がしっかりと残っているらしい。きっと見たことのない景色の中を歩き、芦ノ湖までたどり着いた時の達成感は計り知れないであろうと想像してみる。そうして冒険心がくすぐられる一方、果たして今の靴で大丈夫なのだろうか、持ち物は足りているのだろうかと不安も次々に浮かんで、拭えない。登山では無いが、散歩でもない。色々と逡巡しながら平日を過ごすこととなった。

色々調べた結果、雨天中止、朝早くからの行動開始、お菓子の携帯、この3つを守ることで当日を迎えることとした。

そして、当日は曇り。されど降水確率はゼロに近い。「出発よし。」

私は小田原に向かう準備をする。そして出る直前、玄関で靴ひもをきっと結びなおす。今日挑む道のりはただものではない、「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず」なのだから。

歩いてきた行程のマイマップはこちら↓

前回の旅(平塚から小田原まで)はこちら↓

f:id:sampit77:20220413082416j:image9時30分、小田急新宿駅。前回、小田原からロマンスカーで帰ったのがあまりにも心地よく、ハマってしまった。だから今回もロマンスカーで。f:id:sampit77:20220413082459j:image小田原行きのさがみ71号。意外と空いている。箱根湯本行きではないからだろうか。
f:id:sampit77:20220413082439j:imagef:id:sampit77:20220413082444j:image優雅な1時間ちょっとの旅路を経て小田原駅へ。f:id:sampit77:20220413082435j:image改札口は2階にある。エスカレーターからホームを眺める。柔らかい曲線の屋根と開放的なホームはどこか海外の空港や駅を彷彿とさせ、旅情を掻き立てられる。f:id:sampit77:20220413082449j:image11時20分、本日の出発地点の松原神社に到着、参拝してから歩き始める。f:id:sampit77:20220413082426j:imagef:id:sampit77:20220413082413j:image小田原の街に入る前から、東海道は路地に入っていたが、ここで再び国道1号に合流。道沿いには古い建物が点々と残る。中でも"ういろう"の文字が目を引いた。写真を撮りそびれたが、そこはお城のようなつくり。歴史ある薬屋で、接待用で作ったお菓子が、今や全国区の和菓子であるういろうなったらしい。

今回の行程は下の地図の赤い線。鉄路は箱根を回り込むように三島を目指すが、東海道は最短ルートで峠を越えていく。国道1号や箱根登山鉄道とも実はルートが異なっている。f:id:sampit77:20220413082513j:image東海道は箱根に向かって西に伸びていく。一方、鉄道は避けるように南下し、熱海を経由して遠回りで三島へ抜ける。そのため、市街地の外れで交差した。この辺りの東海道線が出来たのは、昭和9年のこと。それまでは今の御殿場線東海道線として使われてきた。箱根は、昭和初期でも鉄道は敷設できないと思わしめた山とも言えるのかもしれない。箱根登山鉄道箱根板橋駅付近で少しだけ1号線を離れる。地図を眺めながら歩いていると、工事現場のおじさんに「おお!勉強熱心だね」と声を掛けられる。ガードをくぐって再び1号線へ。なだらかな上り道が始まり、またすぐに細い道へと入る。

首都圏にいることを忘れるような静かな集落。そこを箱根湯本行きのロマンスカーが通り過ぎていく。上り勾配でかつカーブが多いからゆっくりだ。12時を過ぎたので昼食を。これから体力勝負だから、がっつりと。

そして箱根湯本の温泉街が見えてきた。ここまで来ると箱根の急峻な山が目前まで迫ってくる。東海道はどのあたりを通っていくのだろう。賑やかな箱根湯本駅の手前で、交差点を左に曲がり、1号線とお別れ。そしてすぐに三枚橋で早川を渡る。かつてこの橋は、地獄橋、極楽橋、三昧橋という3つに分かれていたのだそう。この橋を渡り、この先にある早雲寺というお寺に逃げ込めば罪が許されていた。

三枚橋を渡ってから、古い道祖神や神社が多くなった気がする。街道らしい雰囲気が濃くなる。ただ、登り坂はきつくなるも、まだ周りには人家があって、山深い感じは一切ない。箱根湯本の駅から少し離れているが、この辺りも湯本の温泉街。温泉や旅館が街道沿いに並ぶ。

三枚橋から約30分、とうとう最初の石畳。ただ、石畳の部分は数百メートルですぐに終わる。舗装された道路とは、地面を踏みしめる感覚が全く違って、一歩ずつ進んでいる感じが良い。気づくと結構登ってきたようだ。早川沿いの温泉街を見下ろしてみる。段々と人家や旅館が無くなり、ひたすら山道を進む。歩道もあまりないから飛ばしてくる車に注意が必要。途中天聖院という、華美な装飾の目立つお寺があった。内部は撮影禁止だった。箱根は修行の山でもあるようだ。f:id:sampit77:20220522165620j:image途中山間の小さな集落があったが、またすぐに杉林の中へ。f:id:sampit77:20220522165631j:image時々立ち止まって、休憩する。三枚橋から大体一時間半、時刻は2時20分頃。汗ばむ身体にあたる山の冷たい風が気持ち良い。f:id:sampit77:20220522165556j:image再び石畳の道に入る。この先、寄木細工で有名な畑宿まで約1キロ石畳が続く。f:id:sampit77:20220522165611j:imagef:id:sampit77:20220522165608j:image思っていたよりも坂がきつく、体力が奪われる。そして驚くほどにひとけが無い。f:id:sampit77:20220522165634j:image途中、こんな川を渡ったり。熊でも出てくるのでは。そんな不安も覚える。f:id:sampit77:20220522165626j:image上り坂を一所懸命進む時、頭の中で箱根八里の曲が流れてくる。まさに昼猶暗き、杉の並木。f:id:sampit77:20220522165604j:imagef:id:sampit77:20220522165600j:image坂を登り切ると畑宿。人里の気配に心底落ち着く。畑宿は間の宿(あいのしゅく)として栄えてきた。間の宿とは、宿場と宿場の距離が長い時に設けられた休憩施設を整えた場所のことだ。箱根宿は芦ノ湖湖畔。まだここは小田原〜芦ノ湖の真ん中ほどということなのだろうか。f:id:sampit77:20220523234427j:image畑宿から再び石畳を進む。日本橋から23番目の一里塚、復元されたものらしいが、石畳と相まって当時の景色のようでとても風情がある。f:id:sampit77:20220523234504j:image途中、箱根新道を石畳の道で跨ぐという不思議な場所があった。f:id:sampit77:20220523234511j:imagef:id:sampit77:20220523234444j:imageこの辺りが一番きつい坂道だったと思う。石畳の道、舗装された道を交互に行く。舗装された県道もヘアピンカーブだ。箱根七曲と呼ばれているらしい。f:id:sampit77:20220523234442j:imagef:id:sampit77:20220523234430j:image箱根の山は天下の剣とは本当だ。立ち尽くして休憩しながら思う。誰もいない石畳の道、続く坂道、めげそうになる。ただめげたとしてもここではどうにもならない。芦ノ湖まで行くしかない…。f:id:sampit77:20220523234436j:image三枚橋から3時間、時刻は16時。小田原からも14.5キロ歩いてきた。f:id:sampit77:20220523234459j:imageとうとう昼に食べた天丼で蓄えたスタミナも途切れそうになり、今度こそ本当に限界…と思った丁度その時、「甘酒」の文字が目に入る。何と幸運なタイミング、飲む点滴をいただこう。f:id:sampit77:20220523234501j:image建物は茅葺屋根の古いつくり。落ち着く。ここ甘酒茶屋は江戸時代から続いているのだそう。店内に東海道を歩いた夫妻のアルバムが置かれていたのでそれを読みながら甘酒を待つ。仲睦まじい先人たちの写真に見入る。f:id:sampit77:20220523234456j:imagef:id:sampit77:20220523234439j:image甘酒と力餅をいただく。江戸時代からここに甘酒茶屋があった理由が、身を持って山を登ってきて痛いほど分かる。歩いてヘロヘロになった身体に染み入る甘酒、食べるほどに元気が湧いてくる力餅。誇張では無く、涙が出そうになるほど美味しかった。この美味しさを体感するためだけにも、箱根を歩いて登る価値があるかもしれない。f:id:sampit77:20220523234433j:image力が付いたところで、再び歩き始める。足取りは甘酒のおかげでだいぶ軽やか。景色を楽しむ余裕もある。f:id:sampit77:20220523234507j:imagef:id:sampit77:20220523234453j:image美しい杉並木の中を歩いていく。f:id:sampit77:20220523234447j:image当時の旅人の気分に浸れる景色。きっと往時と景色は全然変わっていないのではないだろうか。f:id:sampit77:20220523234424j:imageこの石はアマガエルに見えるから、天ヶ石(あまがいし)と呼ばれてきたらしい。f:id:sampit77:20220523234450j:image箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川と、箱根馬子歌の有名な一節。そして、この石碑の直後、ついに下り坂に。f:id:sampit77:20220524001800j:image遂に、遠くに見える芦ノ湖。この瞬間は忘れられない。小田原からも見えていたあの急峻な箱根の山を登り切ったんだ。f:id:sampit77:20220524001753j:image足を滑らせないようにゆっくり下る。f:id:sampit77:20220524001744j:imagef:id:sampit77:20220524001737j:imageそして、芦ノ湖畔の街に出た。久々に歩く舗装された平坦な道。久々に見る人。突然の現代の街並みに戸惑ってしまう。f:id:sampit77:20220524001757j:imagef:id:sampit77:20220524001747j:image久々の1号線。そして並行して、杉並木の旧道が残っている。箱根の宿場までもう少し。杉並木をゆっくり散策。f:id:sampit77:20220524001750j:imagef:id:sampit77:20220524001730j:image箱根の宿場には関所があって厳しい取り締まりが行われていて、当時の建物が復元されていた。ここまで山を登ってきて通過できなかったら悔やんでも悔やみきれない。「入り鉄炮に出女」と、ここの関所では取り締まりで厳しかった。f:id:sampit77:20220524001734j:imagef:id:sampit77:20220524001740j:image無事、復元された関所を通過し箱根宿へ。ここで今回は終了。小田原から16.5キロ。芦ノ湖の海抜は725メートル。ここまで自分の足で登り切ることができた。帰りはバスで小田原駅まで戻る。疲れ切っていたのか、山を降っている車窓の記憶は全く無く、気付くと小田原駅に着いていた。

 

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f:id:sampit77:20220524004933j:image畑宿で、寄木細工の物置を購入してみた。どうやってこの綺麗で緻密な模様を作り出しているんだろう。時計や小物を置くのに丁度良くて愛用している。これを見ると箱根の山越えをいつでも思い出す。

次回は坂を下る箱根八里後半戦。とうとう東海地方・静岡へ。富士山と駿河湾を間近に眺めながら進むことになる。

つづく。